Ham's Life 4186

『ハーリ・クィン』

歳を取るとろくなことがないが、良いことの一つに『忘れてしまう』ことがある。
クリスティの作品は昔8、9割がた読んでしまっているが、ありがたいことにトリックも犯人もすっかり忘れているので、また新鮮な気持ちで読書を楽しむことができるわけだ。
(さすがに、『オリエント急行』や『アクロイド殺し』のようなシンプルでウルトラCなトリックを忘れることはできないが)

ストーリーは覚えていなくても、面白かった記憶ははっきり残っている。
『ハーリ・クィン』の印象は特に強く、心の片隅の「ひっかかり」度はポアロやマープルよりも強い。
最近になって、クリスティの拾遺集『マン島の黄金』に、晩年の書かれた『クィン氏のティーセット』が収録されているのを知り、改めて『ハーリ・クィン』シリーズの全作品(といっても少ししかないが)を読んでみた。

感動しました。
ロマンティックだが甘くない(こともないか?)。
『示唆』するだけで、推理はしない。

あと20年もすれば、今回読んだストーリーもまた忘れてしまうでしょう。
その時に再読するのが楽しみです。

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『トライガン』完結!

『トライガン』が完結した。
驚いたことに、この物語は主人公でも敵役でもない、ウルフウッドの死と共に既に終わっていたのだ。
実は、ヴァッシュと両輪をなすダブル主役だったのかもしれない。
ウルフウッドの死後もボスキャラが残ってる以上、物語は続いたわけだが、派手なアクションやセリフも空回りしがちで、正直痛々しかった。
作者は真面目な人なのだろう。物語を終わらせるのに必死だ。
吉川英治は名著『三国志』を、諸葛孔明の死と共に途中で終わらせてしまったが、きっと作家の本能が物語の終わりを察知し、大胆にもそれに従って未完としたのだろう。

引き際に難はあるが、それを除けば、大人の男性がバーボン片手に嗜むことができる最高のウェスタン(?)だ。



「首領(ドン)―昭和闇の支配者」

首領(ドン)―昭和闇の支配者〈3巻〉 (だいわ文庫) (文庫)
大下 英治 (著)

有名な暴力団(ヤクザ)といって、すぐに思い浮かぶのは、
山口組、住吉会、稲川会
といったところではないだろうか。
稲川会は熱海が発祥であるため、伊豆の出身である自分としては、なかなか興味深く読めた。
今でこそ寂れつつある熱海も、かつては日本有数の繁華街であり、当然ヤクザとの結びつきも深かったのだ。
あと暴力団の系譜として、昔ながらの何とか一家の他に、戦後の混乱期に現れた愚連隊も大きいというのは知らなかった。
本の内容は、主人公である稲川会総裁稲川聖城の立身物語であり、ドキュメンタリというより小説である。登場人物のモノローグ(心の声)も多いし。
少々美化しすぎてるんじゃないかと思うが、実態は知る由もない。
稲川会は現在4代目だそうだが、稲川総裁が亡くなったのは昨年。
93歳の大往生で、強運な人だったのだろう。

こういう本を紹介しているからといって、私はヤクザを肯定しているわけではない。
嫌いだし、社会に存在しないで欲しいと願っているが、個人的な感情とは別に、その存在意義についてはあるような気がしている。

私の乏しい経験と伝聞と知識から想像して、ヤクザになる人は次のようなタイプだと思う。

・悪人である。自分が「悪」であることを自覚して悪いことをやっている。
・キレやすい。キレたら抑えられない。
・身内意識が強い。身内以外は人間以下。

こういうタイプの人は、社会的な影響もあるが、ある程度の人数必ず世の中に生まれてくる。
戦国時代なら、結構活躍できるかもしれない。
彼らは通常の組織やモラルでは抑えきれない人々で、法を逸脱した強権と懐柔でなければ統率できないだろう。
国家や警察が暴力団の徹底した殲滅を図らないのは、こうした人々が社会の各所に拡散するより集団となっていた方が、監視もしやすく、社会に与える害も比較すれば少ないと考えているからだと思う。
「必要悪」という言葉は好きではないが、社会の実態というのは、そういうものだろう。



コンサルティングの悪魔

コンサルティングの悪魔―日本企業を食い荒らす騙しの手口 (単行本)
ルイス ピーノルト (著), Lewis Pinault (原著), 森下 賢一 (翻訳)

サブタイトルに「日本企業を食い荒らす騙しの手口」とあるが、これは内容に合っていない。登場するクライアント企業の多くは日本企業ではない。これは日本におけるセールストークであり、また訳者もコンサルタントという仕事に良い印象は持っていないのだろう。
しかし、翻訳(文章)に嫌味は感じられず、一つの成功ストーリー(自慢話)として楽しく読める。
内容にある種のいやらしさ(都合のよさ)も感じられるが、それは原著者によるものだろう。著者は優秀なコンサルタントだったのだから、本文に登場する様々なコンサルティングの事件、トラブル、裏話において、適度に自分の立場を重要視し正当化しているかもしれない。本全体において、自身のキャリアにプラスとなるように戦略的な構成を取っていることも考えられる。
それは深読みしすぎで、単に自分の人生を振り返る意味で書いたのかもしれないが、そんなことを考えさせるほど、コンサルタント業界は作為と金銭に満ちている(ように書かれている)。

コンサルタントと名乗る会社は数え切れないほどあるが、この本に書かれているコンサルタント業界とは、米国に本社がある戦略系あるいは総合コンサルタント会社(BCGとかマッキンゼーとかアクセンチュアとか)が対象だ。普通に人月単価300万とか500万とかの世界である。

なぜ企業は彼らコンサルタントにこれだけのお金を払うのだろうか?
優秀な人間が一生懸命働いたから、という答えは問題外である。(お金持ちが庶民の僻みを避けるために、よくこういうことを言う)
何でもそうだが、実際はそれが「相場」として認識されているからだ。給与とは労働の価値ではなく「相場」にすぎない。
「相場」を維持できるのは、支払い能力のある顧客の市場をおさえているからであり、先人の功績によりブランドが維持されているからだろう。
コンサルタントは大企業の経営層を顧客とし、巨大プロジェクトの最上流工程を担当する。
経営者の成績表を整えるわけだから、わずかでも効果があるように見えれば、例え実質的には失敗だっとしても「成功」とみなせる。でないと経営者自身の失敗になってしまう。
巨大プロジェクトのコストを抑えるには、予算の大部分を占める現場の人員の給与を抑えなくては効果がないから、そちらが優先するだろう。というか、最上流工程だから、そのように誘導することができる。

優秀な人間が学習を積み、モラルをちょっと脇へ置いてビジネスに専念した場合、どんなことができるのか、わかる気がする。
しかしながら、規模を小さくすれば、意外とどこでも行われていることでもある。



この本には、仮名とはなっているが、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)の元プレジデントで、テレビでお馴染みであり、大前研一氏をライバル視しているという大物コンサルタントが登場する。
これではバレバレではないか。