Ham's Life 4186

『変身』

心の不思議を感じる映画だった。
後味はイマイチで、主役の二人は演技の下手の人ではないと思うが、ちょっと乗りキレナイ感じがした。
脳と人格という、古典的な(フランケンシュタイン?)ネタが厳しいので仕方ないとも言える。
蒼井憂は可愛かった。
カップルで見れば、まあ、いろいろ話も弾むかもしれない。

人格が脳に影響を受けるなら、心はやはり脳にあるんじゃないかと思ってしまう。
しかし、宗教では魂は肉体を離れて存在しうるのだから、魂には人格は含まれないことになる。
じゃあ、魂っていったい・・・
人格がないのに、仏教では生まれ変わって修行を続けなければならないし(なかなか終わらないのも当然だ)、キリスト教では記憶にない(人格がないんだから記憶もないだろう)罪を裁かれなければならないらしい。

しかし、このあたりの矛盾は誰でも気づくようで、近年のスピリチュアルでは、集合的意識とか光の集合体とか、宇宙とかで説明できる。
人格は失われるが、巨大意識の一部になり、また新しい生命の素になる、ということだ。
これで救われる感じがするかはなんとも微妙な気がするが、「闇に消える」よりは「光に還る」方がだいぶマシだろう。

映画ほどドラマティックではないが、我々は人格の喪失は既に経験している。
睡眠中に意識を失い、XXやYYの時には朦朧となり、子供の頃の自分を思い出しても、今となっては別人のようだ。
そう考えると、人格なんて便宜的なものにすぎないのかもしれない。

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『ハーリ・クィン』

歳を取るとろくなことがないが、良いことの一つに『忘れてしまう』ことがある。
クリスティの作品は昔8、9割がた読んでしまっているが、ありがたいことにトリックも犯人もすっかり忘れているので、また新鮮な気持ちで読書を楽しむことができるわけだ。
(さすがに、『オリエント急行』や『アクロイド殺し』のようなシンプルでウルトラCなトリックを忘れることはできないが)

ストーリーは覚えていなくても、面白かった記憶ははっきり残っている。
『ハーリ・クィン』の印象は特に強く、心の片隅の「ひっかかり」度はポアロやマープルよりも強い。
最近になって、クリスティの拾遺集『マン島の黄金』に、晩年の書かれた『クィン氏のティーセット』が収録されているのを知り、改めて『ハーリ・クィン』シリーズの全作品(といっても少ししかないが)を読んでみた。

感動しました。
ロマンティックだが甘くない(こともないか?)。
『示唆』するだけで、推理はしない。

あと20年もすれば、今回読んだストーリーもまた忘れてしまうでしょう。
その時に再読するのが楽しみです。